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「第23回メディア芸術祭」受賞作が発表。アート部門の大賞はどんな作品?Adam W. Brownとは何者なのか。

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「文化庁メディア芸術祭」公式サイトより

第23回文化庁メディア芸術祭の受賞作品が、3月6日に発表された。

大賞を受賞した作品の中でも、エンタメ好きの方であれば、『海獣の子供』(アニメ部門)『ロボ・サピエンス前史』(マンガ部門) には聞きなじみがあるだろう。しかし、そんな方の中にも

アート部門の『[ir]reverent: Miracles on Demand』って、一体どんな作品…?

こう思った方は多いのではないだろうか。

この記事では『[ir]reverent: Miracles on Demand』どんな作品かを解説していく。 

 

はじめに「文化庁メディア芸術祭」とは

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「文化庁メディア芸術祭」公式サイトより

文化庁メディア芸術祭は、文化庁と国立新美術館が実行委員会として主催している祭典で、初回開催(1997年)から今年で通算23回目の開催となる。

毎年、応募作品の中から、アート部門・エンターテインメント部門アニメーション部門マンガ部門の4部門において、大賞・優秀賞・新人賞が選ばれ、受賞作品展が開催される。

 ▼大賞の受賞が多いジャンル
・アート部門
  …インスタレーション、グラフィックアート、映像作品
・エンターテインメント部門
  …ゲームや音楽、実写映画/TV番組
・アニメーション部門
  …劇場アニメ・短編アニメ (過去TVアニメは大賞なし)
・マンガ部門 …マンガ

やはり、アート部門だけは対象作品を普段目にすることが少なさそうだ。だからこそ、こういった機会に興味を持っていきたいところ(自戒)。

 

アート部門大賞『[ir]reverent: Miracles on Demand』とは

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http://adamwbrown.net/」より

インスタレーション(動きがある作品)なので、
画像だけでは全然わからないですよね。

まずは、概要を見ていこう。

・作品名 :[ir]reverent: Miracles on Demand
・作品形態:メディアインスタレーション、バイオアート
・作者  :Adam W. Brown

米国/ミシガンの作家 Adam W. Brown の作品とのこと。
プレスリリースによると、応募された3,566作品のうち1,916作品(約54%)が海外作品ということなので、「文化庁メディア芸術祭」は結構インターナショナルな賞のようだ。

作品名の和訳は、「敬虔な(あるいは不敬な)、お手軽な奇跡」といった感じだろうか。

 

神だけが起こせるはずの「奇跡」を量産する装置

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http://adamwbrown.net/」より

作品概要には、こう書かれている。 

本作は、肉眼では見えない微生物人間の歴史と信念体系に与える影響を調べるインスタレーションである。

(中略)

何世紀も前に教会で見られたような、血を用いた「奇跡」 が生み出される。他の種と人間との絡み合いが私たちの歴史をどのように形成するかを問い、人間が特別な存在であるという価値観を揺さぶる作品。

 血の奇跡微生物と人間の関係がキーワード?

さらに概要を読み込むと、 作品は以下の構成のようだ。

 1. 上部の丸い部分はインキュベーター*
   * 温度などの条件を一定に保つ機器
 2. インキュベーターには「PX*」と刻印された薄いパンを格納
   * キリスト(ギリシャ語:ΧΡΙΣΤΟ)を象徴するモノグラム。キー(X)とロー(P)。
 3. 筐体の中では「セラチア」という微生物(細菌)を培養
 4. 培養液がインキュベーターに送られ、パンに滴下
 5. パン上で、微生物が血液に似た赤い液体を生成する(=パンの出血)

ざっくり図解すると、こんな感じ。

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図解(INVIVO作成)

目の前でパンから血が滲みだしたら…
何か感じるものがありそうですね。

宗教的なモチーフが盛り込まれているのはパンだけではなく、特徴的な形状のインキュベーターも、中世ローマカトリックの聖体顕示台にインスピレーションを受けているとのこと。

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聖体顕示台(Wikipediaより)

 

「血の奇跡」は、キリスト教徒の不敬を正してきた

キリスト教に詳しくなくとも、「銅像など(特にマリア像)が血の涙を流す」とった不吉な現象には聞き覚えがあるかもしれない。

キリスト教において、そういった「血の奇跡」はとりわけ「パン」とともに、不敬な信徒を戒めるエピソードとして語られてきた。

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最後の晩餐(Wikipediaより)

パンとセットなのは、「最後の晩餐」が信仰と密接な関係にあるからだ。

キリスト教の重要な祭礼である「ミサ」(ミサはカトリックでの名称)では、パンとぶどう酒が準備され、祈りを捧げたのち、キリストの体へと変化(聖変化)したパンを信者たちが食すことで、キリストと一体化する。

実際に変化していると捉えるかは教派によって異なるが、キリスト教では「最後の晩餐」になぞらえた上述の祭礼を一様に行なう。

また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。『取って食べなさい。これはわたしのからだです。』また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。『みな、この杯から飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです』(マタイ26:26~28)
「聖書入門.com」より

 

調べた限り、「パンの出血」を伴う代表的な奇跡には以下のものがある。

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【左】ボルセーナのミサ /【右】聖餅の軌跡(Wikipediaより)

ひとつは「ボルセーナのミサ」だ。左の画像は盛期ルネサンスの画家・ラファエロの作品で、バチカン宮殿の「ラファエロの間」のフレスコ画である。

ここでは、1263年に聖変化の教義に疑いを持っていたボヘミアの僧侶が、ローマ近くのボルセーナでミサを行なっていた際、パンから血液が流れ出たという逸話が描かれている。

もうひとつは「聖餅の奇跡」だ。右の画像は初期ルネサンスの画家・ウッチェロの作品で、国立マルケ美術館に展示されている。

ここでは、ある女性がミサで得た聖餅(パン)を質屋で売り、そうとは知らない質屋がそのパンを食べようとしたところ、家の外に漏れ出すほどの血がパンからあふれ出した場面が描かれている。

 

この作品から何を考えるか。

こうした説明不可能な現象は、従来であれば神のみが成せる「奇跡」であり、だからこそ人間は、それを目に見えない神からの啓示として受け取り、自らの行動を改めてきた。つまり、こうした奇跡は現実世界に影響を与えてきたのである。

しかし、Adam W. Brownは『[ir]reverent: Miracles on Demand』で、それを"量産可能"にしてしまっている。

そう。目に見えないのは、何も神だけではない。
目に見えない微生物もまた、同じ奇跡を起こすことができるのだ。

人間は、自らを選ばれた特別な種であると考え、さらに高次元の存在(神)に奇跡によって導かれていると考えてきた。

しかし、その軌跡が、取るに足らない(と思っていた)微生物が起こしたものだったら…?

そうした事実に直面したときに、観た者がどう考えるか。その思考の発生をもって、この作品は完成するのだろう。

 

作者「Adam W. Brown」とは何者か?

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『Ars Electronica』公式flickrより

彼の公式サイト(英文)では、以下のように紹介されている。

Adam W. Brownは国際的に認知されたコンセプチュアルアーティストであり、その作品には、生物と生体システム・ロボット工学・分子化学・新興テクノロジーを含む、芸術と科学の融合が組み込まれています。

彼の創造的研究は、さまざまな思考モデルを分解および結合し、異なる学問分野を統合するためのフレームワークを提供する哲学「インターメディア」をその背景として、新たな形の研究と創作活動を確立しています。

http://adamwbrown.net/」より(訳・INVIVO)


公式サイトに掲載されているポートフォリオを見ると、
1939年に精神医学者ヴィルヘルム・ライヒが発見したとする生命エネルギー「オルゴン」をモチーフにした初期作品『Bion』をはじめ、生命の起源に関する最初の実験とされる「ミラーの実験」(1953年)の"続き"に挑戦した『Origins of Life: Experiment #1.x』、「賢者の石(=金属)」の生成を目指した錬金術をこれまた微生物学の観点から捉え直した『The Great Work of the Metal Lover』といった作品が並ぶ。

こうした作品群からも、歴史的なトピックと最新テクノロジーを掛け合わせることで、「私たち=生命はなぜここにいるのか。どのようにしてここにきたのか。」を観た者に考えさせることを、一貫したテーマとしていることがわかる。

そうしたテーマに興味がある方には、Adam W. Brownは深い問いを投げかけてくれる良い先生のひとりかもしれない。

 

最後に

筆者(INVIVO)は無宗教な人間ではあるが、Adam W. Brownの作品を知って、生命の起源の意味を再検討することや、ある種の神話を科学的な実験が置き換えることについて思考を巡らすことは興味深いと感じたし、今後も彼の作品をウォッチして、彼の繰り出す「問い」に対する(自分なりの)答えを思考したいと思った。

 興味が湧いた勢いで、キリスト教の教派ごとの科学的なトピック(たとえば進化論)に対する解釈の違いなどを調べはじめてしまった。そこから派生して、果てはトランプの絵札のモデルまで検索してしまったのだから、「ひとつのことを掘り下げてみる」ということは怖いものである。

でも、掘り下げることを「やってみる」ことで、ここまで世界が広がったのだから、やはり「0より1のほうがいい」よね、と思ったのだった。

そんなところで、本ブログの第1回の記事を終えようと思う。

0より1のほうがいい。
モノやコトのまとめ・紹介ブログ「INVIVO」

今後ともよろしくお願いいたします。